人事変革未来フォーラムVol.3 人事が変革リーダーになるために
人事が変革リーダーになるために
~ブリヂストン、西友、日本マクドナルド、日本トイザらスにおける変革~
HR エグゼクティブコンソーシアム 代表 楠田 祐氏
日本トイザらス株式会社 執行役員 人材・コミュニケーション本部長 青木 岳彦氏
2018年10月10日、株式会社ペイロールが主催する「人事エグゼクティブ、経営層のための組織・人事変革未来フォーラム Vol.3」がベルサール東京日本橋で開催されました。
本フォーラムの第3回となる今回のテーマは、「人事が変革リーダーになるために」。
日本トイザらス株式会社の青木岳彦氏をゲストに招き、数々のグローバル企業を舞台に、人事としてさまざまな変革を成し遂げてきた経験に基づく貴重なお話をいただきました。
その後はHRエグゼクティブコンソーシアム代表の楠田祐氏をファシリテーターとして、青木氏と参加者によるラウンドテーブルが実施されました。
企業の基本理念とPeople Strategy( 人事組織戦略)
従来にない新工場を北米でゼロから立ち上げ
青木氏は、「変革とはどのようなものか、それをリードするとはどういうことなのか、という皆さんの問題意識に対するヒントになれば」とブリヂストン在籍中の経験について語りました。
○ 1997年:ブリヂストン北米新工場建設
・ブリヂストンは1988年にアメリカのタイヤメーカー、ファイアストンを買収
・ファイアストンの再建が一段落すると、いよいよ本格的に北米で成長していくため、新工場の建設を決定
青木氏:
「私はこのプロジェクトに当初から関わり、工場長や製造、管理部門の部門長などとともに、そもそもこの工場をどういう場にし、どのように運営するかというところから、ゼロベースで立ち上げる経験をしました。」
○ 常識への挑戦
・世界最高水準のタイヤ工場を従来の半分の時間で立ち上げる
青木氏:
「当時のアメリカのタイヤ工場の品質や製造の指標は、日本の工場に比べてかなり低いレベルでした。それを日本のトップレベルの工場と同水準あるいはそれを上回る工場を作る、加えて、通常は着工から4年かかる新設タイヤ工場のフル生産体制確立を、半分の2年に短縮するというのが与えられた命題でした。」
「常識への挑戦」を成功させるまでのプロセス
○ Team Member Valueの策定
・Together, We make MONEY by producing GOOD Tires~
青木氏:
「与えられた命題を短期間で果たすために何が最も重要なのかを、プロジェクトのメンバーと徹底的に議論して最終的に決めたのが、Team Member Value(この工場で働く人たちで共有する価値基準)を明確に示すことでした。
『品質の良いタイヤをお客様にお届けすることで、みんなでお金を稼ごう。この考えに共感する人は集まってください』という理念を、立ち上げ時に掲げたのです。」
○ Operating Principlesの策定
・「ビジネスの結果をチームメンバーとシェアする」「有言実行」「カイゼンは全員の責任」「全てが我々の仕事」など、工場を運営する上での原則をまとめ上げた
青木氏:
「従来とは違うレベルの工場をアメリカで立ち上げるには、最新の設備を導入するというだけではなく、従業員が職場をどのような場と考え、どのような気持ちで仕事に臨むかが極めて重要です。そして、何を大切にすれば従業員のモチベーションを保つことができるのか。Team Member Valueに書かれていることが毎日の仕事で感じられる世界をつくる』、『それを信じて実践する人間にマネジメントのポジションを任せる』、という前提でOperating Principles(運営原則)を策定しました。」
○ 人事・組織デザインへの落とし込み
・Team Concept(働いている1人ひとりが、ひとつのチームのために、それぞれの役割と責任を持つ)
青木氏:
「日本ではチームワークは当たり前ですが、(米国では)仕事においてそういうマインドを求めない人が多い。そのような中でどうするかを考えました。
例えば、スケジューリングや採用に関する仕事など、従来は管理監督者がやっていた仕事を製造現場で働いている人たちにどんどん任せ、チームで共同の責任としてやってもらいました。」
・Result Sharing(固定給にあたる部分を下げる一方、毎週の生産高に応じて支払う成果給の幅を思い切って大きくしたインセンティブプログラム)
青木氏:
「これは報酬制度というだけでなく、コミュニケーションのツールです。チームを機能させるには、必要な情報・権限・スキルが必要ですが、チームメンバーが一番興味を持って聞いてくれる情報は、処遇に関わることでした。そこで、Result Sharingの達成状況を毎週アップデートする中で、工場運営の課題などについても共有をしていきました。
日本的な小売業を、全く異なるビジネスモデルに変革
次に青木氏は、西友在籍中の経験について語りました。
○ 2006年:西友のビジネスモデル変革
・アメリカのディスカウント・リテーラー、ウォルマートは、西友を傘下に入れ、日本市場でのビジネスを開始
・本国から来た新CEOの下、西友の日本的なスーパーマーケットのビジネスモデルをウォルマート流に変革する取り組みがスタート
青木氏:
「新しいCEOが採用した最初の人間が私であり、CEOと緊密に連携しながら変革を推進しました。しかし、社外ではウォルマートのビジネスは日本で通用しないと言われ、社内でも抵抗感を持つ人が少なからずいました。」
○ ウォルマートの基本理念=Save Money. Live Better.
青木氏:
「私たちが全ての人の生活コストを下げることで人々がより良い暮らしを実現する、というのが、創業以来ウォルマートに受け継がれている最も重要な基本理念です。社員が仕事上の判断を行う際は、常にこの基本理念に立ち返って考えることになっています。」
○ ウォルマートのビジネスモデル=Every Day Low Price
・日本のスーパーマーケットのビジネスモデルは「High Low」。特売時に価格が大きく下がり、特売が終わると元の価格に戻る
・「Every Day Low Price」では特売がなく、毎日が低価格。常に一定の量の商品が一定の価格で売れ続ける状態をつくることで、サプライチェーンのコストを大きく下げ、値下げに反映。その結果、さらに売上増加、仕入原価低減につながるという好循環が生まれる
○ 人と組織の施策への落とし込み
・リーダーシップメンバーの一新
青木氏:
「変革を始める大きな一歩として、新しい考え方に本当に納得してくれる人だけを、各部署長など幹部チームのメンバーとすることが必要でした。幸いそのような人材が社内に何人もいたため、その人たちを抜擢して編成するとともに、外部からも変革の経験のあるリーダーに参加してもらいました。」
・One Company/One Union
青木氏:
「当時の西友は、それまでの経緯から全国の店舗を6つの会社で分割して運営しており、Every DayLow Priceの仕組みを実現しにくい状態でした。そこで、この6社を統合し、組合組織も1つに統合してもらうとともに、バラバラだった人事・報酬制度を一本化しました。各地域にあったオフィスを廃止して本部に統合し、その最適化も図りました。」
成長戦略を実現するために、人と組織をどう変えるか
続けて青木氏が語ったのは、現在、日本トイザらスの人事トップとして、同社の経営が掲げる成長戦略を実現するために推進中の取り組みについてです。
○ 2016年:トイザらスの成長戦略・ブランドの再定義と戦略目標の策定
青木氏:
「子供向けのトイザらス、ベビー向けのベビーザらスという私たちの2つのブランドの持つ意味や実現したいことを再定義し、トイザらス/ベビーザらスは『日本のすべての子供とその家族』、つまりお客様に対して『いつまでも変わらない楽しく充実した関係を築いていくことができる体験を提供する』という戦略目標を策定しました。そしてその中で、体験を重視する小売業モデルというカルチャーへの変革を目標としました。」
・FUN@Toys”R”Us(New Way of Working at Toys”R”Us Japan)
青木氏:
「戦略目標を実現するため、人と組織の戦略、PeopleStrategyのテーマを定めました。FUNのFはfun、flexible、family、Uはunleash(解き放つ)、Nはnetworkingの頭文字です。メンバーのポテンシャルが解き放たれ、組織の壁を乗り越えてネットワーキングしていく職場を実現しようという意味です。」
○ 導入した施策
・新人事評価制度の導入(プロセスを重視し、1on1を導入/年次評価からコンピテンシー評価を外し、key Job responsibility(主要な職責)の評価を導入/コンピテンシーに基づいた全社員対象のサクセッションプランを実施)
・定年制の廃止
・Work from Anywhere(リモートワーク)の導入
・子育てと介護を応援
・FUN Networking ‒ 社内SNS「Yammer」の活用
青木氏:
「現在進行形でPeople Strategyのさまざまな施策を展開しています。年次評価はMBOの目標達成度評価とコンピテンシー評価によるものでしたが、コンピテンシー評価を外し、key Job responsibilityという項目を加えました。これは各ポジションの職責、ジョブディスクリプションを明らかにし、それをどれだけ果たしているかを評価するものです。コンピテンシー評価は全社員を対象としたサクセッションプランの方に移し、年次評価が終わった後でコンピテンシーに対して自己評価をしてもらい、それに基づいたindividualdevelopment plan( 個別育成計画)を作成して上長と話をする仕組みをスタートさせています。」
人事は変革のリーダーとして何を行うか
最後に、青木氏は経営にとってのPeople Strategyの役割、企業の基本理念とPeople Strategyがどのように結び付くのかについて述べ、人事が変革のリーダーとなるための重要なポイントとして次の3つを挙げました。
○ 企業の基本理念からPeople Strategyを構築する
○ 基本理念を共有しStrategyを実現するためのリーダーシップ・チームを確立し、将来につながるリーダーシップ開発のプロセスを確立する
○ 基本理念を体現しStrategyを実現するための組織風土と組織能力を実現する組織開発施策の実行をリードする
青木氏の講演は、企業が成長戦略を実行しようとするとき、人事部門がどのように経営と連携し、人と組織を変えていけばよいのかを考えるための具体的なヒントが得られるものでした。
講演後に行われたラウンドテーブルでは、「将来のための変革が必須だと訴えても、現在の業績が好調なために社内の危機感が薄い」、「変革に着手してはいるが、会社の歴史の長さから、なかなか動かない体質がある」といった各社の課題の共有や意見交換が活発に行われました。
ペイロール社の香川氏は、「私どもは創業以来20年超、業務改革につながる給与計算のアウトソーシングサービスを企業にご提供していますが、日系企業より外資系企業からお引き合いをいただくことが多くありました。しかし、今回が3回目となるこのフォーラムは、ご参加いただいた大半が日系企業の方々です。今、世の中の多くの人事部門の方々が真剣に変革に取り組もうとされていることを強く感じています」とコメント。
組織・人事変革の重要性に対する日系企業の関心が高まっていることを印象付けるフォーラムでした。